インドネシアの現状と日本型教育普及の可能性(在インドネシア日本国大使館一等書記官 高橋佑輔)

「インドネシア」と聞いて、皆様は何を思い浮かべるでしょうか。東南アジア最大のムスリム国やバリ島に代表されるリゾート地という以外、あまり具体的なイメージを持たれない方も多いかもしれませんが、急速な成長の過程にあるインドネシアにおいて教育が果たすべき役割は大きく、その中で日本が貢献できる点も多い国であると考えられます。

インドネシアにおける初等中等教育

インドネシアの人口2億6千万人は、中国、インド、アメリカ合衆国に次ぐ世界第4位であることを御存じでしょうか。特筆すべきは、このうち15歳以下の人口が全体の26.2%を占め、小学校から高等学校に関して言えば、2019年時点で、約4,400万人の児童生徒がインドネシア全土の21万校で学んでいることです。日本においては15歳以下の人口が12.6%、小学校から高等学校までの児童生徒数が約1,260万人にとどまっていることを考えると、インドネシアは非常に多くの初等中等教育の受益者が存在します。インドネシアは現在、建国100周年を迎える2045年に先進国入りを果たすことを目指し、人材開発を政権の優先事項の中核に据えています。新型コロナウイルス感染の影響を受けつつも、いずれ先進国となるであろうインドネシアの発展を担う人材は、まさに今、初等中等教育段階にある子供たちです。今、インドネシアの教育に着目することは、世界全体の発展に影響力を持つと言っても過言ではありません。

「親日国」インドネシア

インドネシアで更に注目すべきは、世界でも有数の日本語学習者を抱えているということです。独立行政法人国際交流基金が3年に一度実施している海外日本語教育機関調査によれば、2018年時点のインドネシアにおける日本語学習者数は約70万人であり、中国(約100万人)に次いで世界第2位、日本語教育機関の数も韓国(約3,000機関)に次いで世界第2位の2,842機関となっています。また、インドネシアの高校で選択科目となっている第2外国語について、学校単位で日本語を選択するケースも多く、学校教育でも日本語を学習する機会が提供されています。こうしたことを背景として、現在、5,000人以上のインドネシア人の学生が、留学生として日本で学んでいます。また、インドネシアの国営放送で「ドラえもん」が放送されていたり、AKB48の国外初の姉妹グループであるJKT48が人気を博しています。もとより日本人の規律や勤勉さに対する関心が高く、日本の教育が浸透する素地が整っていると言えます。

近年の教育改革とオンライン化に向けての意気込み

こうした中、インドネシアでは初等中等教育改革の動きがあります。2019年10月に発足した第2期ジョコ・ウィドド政権では、インドネシアを代表するベンチャー企業で、今やインドネシアの生活には欠かせない「スーパーアプリ」であるゴジェック(Gojek)の創業者兼最高経営責任者であった、当時若干35歳のナディエム・マカリム氏が教育文化大臣に就任しました。同氏は、高校以降の教育をインドネシア国外で受け、最終的にはハーバード大学で経営学修士を獲得した国際派で、就任早々、従来の知識のみを問う形式の統一国家試験を廃止し、いわゆる「PISA型」の問題解決能力を問う試験を導入することを表明しました。インドネシアは、発展途上国でありながらも大多数の国民がスマートフォンを所持しており、統一国家試験もコンピュータベースで行われるなど、かねてから教育のICT化には積極的でした。新型コロナ感染拡大後も、対面授業の再開が可能となる地域が限定されている一方で、国営放送で学校教育の代替となる番組を編成したり、オンライン授業での使用を念頭に児童生徒や教員の携帯電話の通信料を政府が負担するなど、新しい試みを恐れない風土があります。未だ農村部では通信環境が整っていないなど格差の拡大も懸念されていますが、それでも前を向く姿勢がインドネシアの良いところで、日本の教育界に蓄積された多様なアイディアが通用するか、挑戦の場を提供してくれるものと思います。

インドネシアの教育から学ぶべき点

ここまでインドネシアにおける日本型教育の展開の可能性に関して、インドネシアの現状を踏まえて御紹介いたしましたが、インドネシアから我が国が学ぶ点も少なくありません。まず、インドネシアは、不確実な世の中を生きるうえで重要な多様性を学べる絶好の場所です。インドネシアでは90%の国民がイスラム教である一方、東部の島々の住民の大多数はキリスト教、一大観光地のバリはヒンズー教と、多様な宗教の共生する社会となっており、18,000もの島々、多様な言語から色とりどりの文化が息づいています。次に、インドネシアでは持続可能な社会の構築が身近な課題として存在します。あふれるプラスチックごみや大気汚染など、経済発展に伴う環境汚染は多くの国民にとって生活に直結する問題です。社会の持続可能性は、インドネシアの発展にあたり避けて通ることのできない課題ですが、若者世代はその解決を自分事としてとらえ、様々な革新的なアイディアを形にしています。最後に、インドネシアでは「ティダ・アパ・アパ(=問題ない、どうにかなる)」という言葉がありますが、インドネシアの児童生徒はどんなことにも前向きに取り組む気質があります。困難な状況でも解決策を見いだせるかどうかを問う2018年PISA調査の回答でインドネシアは、「解決策を見いだせる」との回答がOECD平均(84ポイント)を上回る89ポイントとなっています。日本がOCED平均を大幅に下回る59ポイントだったことを考えると、学ぶべき点は大きいように思います。

インドネシアの教育の発展に、我が国が貢献できる部分は多々あり、また、学ぶべき点も多いと思われますので、東南アジアの「大国」に、目を向けていただくことを願っています。

※本稿はあくまで個人の見解に基づくものであり、所属する組織・機関の公式見解ではありません。

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■著者プロフィール

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高橋 佑輔(TAKAHASHI, Yusuke)

在インドネシア日本国大使館一等書記官(教育担当)

2006年文部科学省入省、初等中等教育局に配属。2009年、名古屋大学に出向。2011年、文部科学省大臣官房国際課。2013年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)持続可能な開発のための教育(ESD)担当課に出向。2015年、文部科学省国際統括官付(日本ユネスコ国内委員会事務局。

2019年4月より現職。

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