あなたは、今日の日本の「教育」をどのように考えていますか?
基本的に日本の教育に対しては一定の信頼を置いている人が多いのではないかと思いますが、それと同時に、さまざまな問題を抱えていると考えている人も少なくないでしょう。「学力格差」に対する批判、学級崩壊への不安、英語教育に対する焦り、大学教育への不満、等々、日本の教育の課題を挙げろと言われれば、いくつも列挙できるのではないでしょうか。そんななか、「日本型教育」を海外に展開すると言われたら、「それより先に、国内の教育をまずはもっと充実させることが必要だろう」という意見を持つ人が少なくないかもしれません。
確かに、公共政策に関わる諸分野のなかで「教育」は本来、非常に国内的な関心の高い領域であり、自分たちの国や社会の担い手となる「市民」を育てることが一義的な目的として掲げられてきました。そのため、海外の教育経験を参考にすることはあっても、その関心は常に国内へ向けられてきました。しかし、これからもそうした姿勢を固持することで良いのでしょうか。実は、「日本型教育」を海外に展開していくということは、同時に、何が本当に日本の教育の特徴であり、そこにどのような長所と短所があるのかを改めて問い直す貴重な契機にもなるのだと、私は考えます。
いわゆるグローバル化が急速に進展する今日の世界では、国際的な視点を抜きにして教育の政策・制度・実践を考えることはできません。とくに、移民や難民の増加、経済のグローバル化、環境問題の深刻化など、地球規模の課題が山積するなか、こうした課題を乗り越え、より持続可能な世界を実現していくうえで貢献し得る人材の育成が多くの国や社会で求められるなか、私たちも日本の教育のあり方を見つめ直す必要があると思います。その意味で、どのような「日本型教育」が海外で求められているのかを知ることは、日本の教育の強みを活かして国際社会の安定や発展に資する人材を育成していくうえで、大いに参考になるはずです。そして、そのことは日本社会においても「(必ずしも経済的な意味だけにとらわれない)豊かさ」の実現に貢献する次世代を育てることに繋がるはずです。
なお、「日本型教育」の海外展開と聞くと、まるで日本の教育モデルを他国に押し付けるように感じる方がいるかもしれません。確かに、政府開発援助(ODA)などを通して途上国への教育協力を実施する際には、それが一種の「文化帝国主義」に陥ることのないよう、細心の注意を払う必要があります。とはいえ、今日の日本によるODAでは途上国側の主体性が非常に重視されており、ましてや民間企業による教育事業の海外展開においては、それを受け入れる国や社会のニーズを無視して、日本のモデルを強引に押し付けるといったことはほぼ不可能です。現地で必要とされる経験や知見を有しているからこそ海外展開は可能になりますし、それを無視した海外での事業展開は決して長続きしません。これまでの「日本型教育」の海外展開で最も受け入れられてきた授業研究や理数科教育などをみても、現地のニーズがあったことに加え、それらを現地の文脈に沿って柔軟に適合させてきたことが、成功の要因であったと思います。
今日の日本の「教育」には多くの課題が山積しており、そのための改革を進めることは必須です。それと同時に、日本の「教育」が歴史的に積み上げ、磨き上げてきた長所(たとえば協調的な学びのあり方など)をさらに発展させていくことも重要です。そのためにこそ、「日本型教育」を海外展開し、海外での導入・発展の過程を丁寧にフォローしていくことで、海外からの目を通した「合わせ鏡」として日本の「教育」の長所と短所を改めて見つめ直していけることを、私は期待しています。
■著者プロフィール
北村友人(Yuto Kitamura)
東京大学大学院教育学研究科 准教授/東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 兼任准教授/Ph.D.(教育学)/国連教育科学文化機関(ユネスコ)パリ本部教育局教育専門官補、名古屋大学大学院国際開発研究科准教授、上智大学総合人間科学部教育学科准教授、ジョージ・ワシントン大学フルブライト研究員、ダッカ大学(バングラデシュ)客員教授、王立プノンペン大学(カンボジア)学長顧問などを歴任。