日本型理科教育とは何か?(広島大学大学院国際協力研究科 教授 清水欽也)

1.日本型理科教育とは?

たしかあれは今世紀の変わり目あたりだったと思う。理科教育の国際調査において日本の小・中学生の理科は知識・理解や思考力などの認知面では世界トップクラスの好成績を収めるが、「理科が好き」とか「理科は役に立つ」といった情意面や科学を学ぶ価値に関する質問に対する肯定的な回答が低いという現象を「日本型理科」と呼ぼうとした研究者がいた。しかしながら、これらの情意面の肯定感の低さは、単に「日本人は配偶者にさえ “I love you” とは言わない」という直接的な好意を表現することに対する慎重さということでほぼ説明がつく。たとえば欧米社会では “I love you” とか “I am proud of you” の表現が飛び交っているが、我が国に比べるとはるかに離婚率は高く、決して表現が本質を捉えているとは言い難い。したがって、かの研究者の述べる「日本型理科」は本質を捉えてはいない。

ここで、国際調査のようなマクロなデータによるものではないが、私の経験というごく限られた事例を基に、「日本型理科教育」について考察していきたい。したがって、これから述べる点は、「私の経験」という現時点では外部妥当性(一般化可能性)の非常に低いことをあらかじめ述べておく。一般化できるか否かは、読者の感想に任せたい。

2.開発途上国からの留学生の姿から

まずは、私の日常の経験から話したい。私が所属する広島大学の大学院国際協力研究科の学生の7割近くは外国人留学生で、さらにその7割程度は開発途上国と呼ばれる国からの学生である。大学院という性格上、修士論文やゼミでのこれら留学生の発表を聞く機会が多いのだが、おそらくは、日本人ならだれでも気づく際立った特徴がこれらの留学生にはある。それは、やたら文字が多く、図表が少ないことである。また、これらの国々の教科書を見てみると、グラフや表がほとんど見られない。このような途上国の現状において、単に「日本の理科教科書」を見せても、「日本の教科書は絵や図や写真が多く使われていて、きれいだな」とは思われても、「なぜ」図表が多く使われているのかが理解されないことがままある。データや客観的な証拠に基づいて理解へと導く、そのためにこのような図表や写真が用いられているというその背景までが伝わらないのである。

また、教科書も説明的で、たとえば小学校3年生くらいに「物質の状態は、固体、液体、気体があり、固体は~」というような記述が実験もなく見られ、また、実験に関する記述があるにせよ、「たとえば氷があったとして、それを温めると段々融けてくる、融けている間は温度がかわらず・・・」というような説明が延々と続く。日本の場合「身の回りの事実→検証→一般化(理論化)」の帰納的な教科書の構成であるところが、開発途上国の多くは実験をさせるにせよ「理論→実験→身の回りの現象」という演繹的な教科書構成である。ただ、日本でもよくある「教えて、考えさせる」ではなく「教えたことを、確認させる」ための実験であり「考えさせる」部分が見当たらないのである。実験は考える、あるいはデータを以て実証する手段ではなく、あくまでも見せるためのものでしかない。(それでも全くしないよりも良いかもしれない)。

3.「大いなる和の国」の理科の意義

「図表やグラフのない教科書」、「演繹的な構成」の教科書、これらに通底するものは何か? 我が国の場合、「教える」理科ではなく、「気づかせる」理科がよしとされる。実験によって収集されたデータを基にクラス全体で議論させ、学級という「ミニ社会」で合意が得られるような合理的な考えはなんであるかを探るプロセスを経験させる。この経験を通じて、どのようにデータを整理し、説得的な理論を築き上げるかを訓練する。先生から「知識を授ける」といった姿勢より「クラスみんなが納得する考え方」を実験というストラテジーで探る、そして「対立した考え方から和を求める」という手段を勝ち取る。これこそが「大いなる和の国」の理科ではないだろうか?

もちろんこの姿勢は、異文化社会に接した際にも求められると思う。こちらから手法を「教え込む」あるいは「押しつける」のではなく、粘り強く、相手にとっても納得せざるを得ないデータを集め、「和(合意)」を求めながら最適解を探ることが求められるであろう。

■著者プロフィール
shimizu.jpg清水欽也(Kinya Shimizu)
広島大学大学院国際協力研究科 教育開発コース 理科教育開発研究室 教授/シカゴ科学アカデミー 国際科学リテラシー開発センター 研究員、北イリノイ大学 社会科学調査研究所 研究助手、広島大学 教育開発国際協力研究センター 講師(研究機関研究員)、同教育学部 講師(理科教育方法学)、同大学院教育学研究科 准教授などを歴任

広島大学大学院国際協力研究科ホームページ

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