UNESCOバンコク事務所の概要
ユネスコと言えば世界遺産を思い浮かべる方が多いのではないかと思いますが、ユネスコは世界遺産・文化遺産等を担当する「文化」に加え「教育」「社会科学」「自然科学」「情報コミュニケーション」の5分野の仕事をしています。特に教育に関しては、2030年に向けた国際社会の目標である持続可能な開発目標 (SDGs) のGoal 4「すべての人々への包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する[1] 」の国連の主導機関という役割を担っています。私の勤務するユネスコ・バンコク事務所は、アジア太平洋地域教育局として、西はイランから東はクック諸島までの46カ国・地域を管轄し、SDG4の達成に向けアジア太平洋地域及び域内加盟国で様々な教育関連事業を実施しています。
ユネスコが設立された背景には、第二次世界大戦が起こったことへの国際社会の反省がありました。お互いの風習や生活を知らないために起こった疑惑と不信感、無知と偏見を通じた人種差別、お互いへの尊重の欠如といった事が考慮され、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯が肝要であるとの議論がなされました。これを受け、ユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」という文が刻まれています。教育や文化、相互理解や多様性の尊重を通じた平和の構築に貢献するのが、ユネスコの設立理念です。
アジア太平洋地域教育協力信託基金
第二次世界大戦後、日本は1951年にユネスコに加盟し、これは日本の国際社会復帰への最初の場となりました。1970年代から、文部科学省は日本政府信託基金拠出金 (JFIT: Japanese Funds-in-Trust) を通して、ユネスコ・バンコク事務所がアジア太平洋地域で実施する様々な教育案件をサポートして下さっています。代表的なものの1つが、1990年代のEFA (Education for All) から現在のSDG4まで繋がる世界の国際教育協力イニシアチブに関し、アジア太平洋地域での実施や調整を担っているユネスコ・バンコク事務所の事務局および地域会合開催サポートです。現在JFITの支援により、SDG4の進捗やモニタリング状況を共有するため年に一度開催されているアジア太平洋地域教育会議 (APMED2030)、各国への能力強化研修、知識管理等を行なっています[2]。
他にもJFITの支援で実施した教育案件をいくつか紹介します。
(1)就学前保育と教育(ECCE) における革新的教授法アプローチ
このプロジェクトは、アジア太平洋地域の国々がECCEの公平性と質を向上すること、ECCEの教員や関係者が効果的で革新的なツールにアクセスできることを目的として実施されました。専門家会合等を経て、9つの革新的な教授法の事例が集められ、リソース・ブックとビデオが作成されました。その一つは、広島県のかえで幼稚園の事例です。遊びを通して学び、子どもの主体性を尊重しながら、チームワーク、創造力、問題解決力、共感力といった様々なコンピテンシー(資質)が育まれていることを紹介しています。また、教師の立場や役割に関して、子どもたちの全人的な成長をサポートするため、教師自身による継続的な試行錯誤や振り返り等が行なわれている事も評価されています。
(2)コミュニティ学習センター(CLC)と生涯学習に関するオンライン学習コンテンツ
ユネスコ・バンコク事務所は1998年からJFITの支援によりCLC関連の事業を実施してきました。特に、ノンフォーマル教育や生涯学習の普及や質向上に関しては、日本の「公民館」の仕組みや役割から学ぶことは多く、モデルの1つとして日本の知見や経験が共有されてきました。ユネスコやパートナー団体が約20年に及ぶ様々なプロジェクトで作成してきたハンドブックや生涯教育専門家養成資料、報告書等を有効に活用し続けるため、このプロジェクトでは専門家チームと共にそれらを詳細にレビューし、11の短編ビデオモジュールによるオンラインコースにまとめました。英語を含む7言語の字幕で視聴可能で、各国教育省、CLCのファシリテーター、NGO等、多くの教育関係者に活用されています。また、CLC 関連事業の特筆すべき点として、日本の長期的支援で各国でパイロット事業として始まったCLCが、今ではベトナムやラオスなどの中央教育政策と計画に組み込まれ全国展開している事は大きな成果の一つと言えます。
(3)アジア太平洋地域におけるコミュニティベースの持続可能な開発のための教育(ESD)の促進
このプロジェクトは、ESD[3]を政策レベルのみならずコミュニティレベルで促進していくため、日本を含むアジア地域の5か国が参加し、コミュニティを支援する教育関係者の能力強化により、持続可能性という視点からそれぞれのコミュニティの課題を発見し解決していくための質の高い学習を可能にすることを目的として実施されました。専門家チームと共に、振り返り・共有・行動という3つのステージから成る枠組みが開発され、各国からの参加者はこの枠組みに沿ってそれぞれの国で組織やコミュニティの活動を振り返り、それぞれの文脈に合った改善点を探していきました[4]。日本からは平塚市の公民館が参加し、ESDの視点を日々の公民館活動に組み込んでいく試みの一つとして、夏のビーチ清掃活動やサマーキャンプにおけるリサイクル活動等が取り入れられました。個々に行なわれている様々な活動や行事を、ESDや持続可能性という文脈で捉えなおし、見直すことで、明示的な理解や行動変容が促されていくことが、期待されています。
2005年から始まった国連ESDの10年以来、ユネスコはESDを推進しており、日本は力強いサポーターとしてユネスコを支援すると共に、日本国内でもユネスコスクール[5]や自治体等の様々なアクターが、先進的な取り組みを行なっています。ESDはSDGsの下では特にターゲット4.7に根差し、17のSDGs全ての達成に貢献するESDは、全ての人に持続可能な開発への変化の担い手になるための知識・技能・価値および態度をもたらすために、必要とされる変容の基礎となるものであると認識されています。
結び
現在、世界的なCOVID-19の感染拡大で、世界の繋がりや相互依存を実感として再認識されている方も多いのではないでしょうか。保健や経済への打撃のみならず、教育をみても学校や学習施設の閉鎖やデジタル格差による学習機会の喪失等多くの課題に取り組み続ける必要があり、SDG4の達成も危ぶまれています。ユネスコ統計局によると、2020年4月時点で域内の99%に及ぶ310万の学校・学習施設、8億5000万人の児童・生徒、4300万人の教員が影響を受けたと言われています[6]。一方でICTを活用した学習が飛躍的に進む等、厳しい状況の中での希望も見られます。ソーシャルメディアやオンラインの会議/会話ツール等を活用して、地域や国を超えた交流、多様で幅広いステークホルダー間での対話も可能になっています。私たち一人ひとりが、互いに学びあい知見や経験を共有していくことが、SDGsが提唱する「誰一人取り残さない」平和で持続可能な社会を築く一歩となります。
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■著者プロフィール
筒井清香 (Sayaka Tsutsui)
UNESCOアジア太平洋地域教育局(バンコク事務所) JFITプログラムコーディネーター
専門は国際教育開発、識字教育、ESD/GCED等。JICAイラン事務所、在ウガンダ日本大使館、ユネスコアジア文化センター勤務等を経て、2014年より現職。
[1] Japan SDGs Action Platform https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/statistics/goal4.html
[2] Asia-Pacific SDG4-Education2030 Knowledge Portal https://apa.sdg4education2030.org/
[3] ESDとは、気候変動、貧困の拡大等の現代社会の問題を自らの問題として主体的に捉え、人類が将来の世代にわたり恵み豊かな生活を確保できるよう、身近なところから取り組む(think globally, act locally)ことで、問題の解決につながる新たな価値観や行動等の変容をもたらし、持続可能な社会を実現していくことを目指して行う学習・教育活動です。 https://www.mext.go.jp/unesco/004/1339970.htm
[4] Promoting Community-based Education for Sustainable Development https://bangkok.unesco.org/content/promoting-community-based-education-sustainable-development
[5] ユネスコスクール https://www.unesco-school.mext.go.jp/
[6] School Closures and Regional Policies to Mitigate Learning Loss due to COVID-19: A Focus on the Asia-Pacific http://uis.unesco.org/sites/default/files/documents/school_closures_and_regional_policies_to_mitigate_learning_losses_in_asia_pacific.pdf