アフリカにおいて、産業人材の技能評価に関する研究プロジェクトに取り組まれている名古屋大学教授 山田肖子氏より寄稿いただきました。産業人材育成を支える学校外の学びの重要性や、学校外の学びから培った能力を適切に評価・測定することの必要性について、改めて考える機会となれば幸いです。
私は、アフリカの産業人材(中小企業やインフォーマルセクターで働く若者)の能力を計測し、仕事で求められている資質とのギャップを特定して、よりニーズにあった人材を育てるための政策提言や教育訓練プログラムを行っています。アフリカの人口は、世界の17%ですが、人口成長率は他のどの地域よりも高く、2050年には世界人口の5分の1を占めるようになるだろうと言われています。しかもその6割は25歳以下の若者です。コロナ禍で大分影響を受けましたが、それでも経済成長率の世界ランキングで上位に入る国々が増えています。つまり、アフリカの産業発展に貢献する若者を支援することは、世界の成長の一翼を担うことにもつながると言えます。
産業人材育成に貢献するというと、職業訓練校やポリテクニック(日本の高等専門学校のような高等教育機関の一種)に対して、自動車整備や電気工などの技術の専門家を派遣したり、実習用機材を供与したりすることをイメージする読者が多いかもしれません。しかし、実際は、そうした訓練校は、産業人材育成のほんの一部を担っているに過ぎません。産業人材の多くは、就業前に通った学校よりも、就業してから仕事の内外で知識や技術を身に付けることが圧倒的に多いのです。職業訓練校の出身者ももちろんいますが、普通科の中学、高校などの出身者がとても多いのが実態です。また、アフリカの多くの国では、初等教育の就学率がこの30年ほどで大幅に拡大したと言っても、中卒程度で学校教育を終える人が圧倒的に多いのです。学歴で人の能力を評価するなら、アフリカの製造業の労働者は、専門性も基礎的学力も低いと言われてしまうのかもしれません。しかし、成長する大陸を支えている彼らの能力は、決して低くはありません。欠けているのは、学歴以外に人の能力を評価する方法と、その評価を、彼らの欠点と長所の特定と、能力向上のための支援につなげる方法です。
学校教育ありきではなく、どこで学んだとしても、個人が能力を身に付けてさえいればいいという発想は、日本のように学校教育が網の目のように張り巡らされた社会にいると意外かもしれません。しかし、そんな日本でも、コロナ禍の影響や、個人の関心や状況の多様化によって、学齢期の子どもであっても、学校に行かなくても自分で学べばいいのではないか、といった議論が多く聞かれるようになってきました。国際協力の世界では、いまだに学校への就学拡大と学校教育の質向上が至上命題のように言われがちですが、中学が普及したら高校、その次は大学と、学校教育大衆化の遠大なプロジェクトには終わりがありません。それよりも、仕事をしている若者の学びを止めないこと、生涯学習を実現することが産業人材育成の意義だろうと私は考えています。また、能力そのものを評価することは、貧困や差別などによって、教育機会を得られなかった人々に、新たな希望を持ってもらう機会にもなるかもしれません。
そのような思いで、アフリカの産業人材の技能評価の研究プロジェクトを実施するようになって、7~8年が経ちます。最初は数名の若手研究者と手探りで評価モジュール作成から現地での交渉、実施、分析とすべて自分たちでやっていましたが、最近では、現地政府機関や日本の教育企業とのコラボレーションも実現するようになりました。我々の研究やこうしたコラボレーションの経験から、日本にはとても成熟した教育評価や自己学習教材があり、それらを活かした協力が可能だと感じています。例えば、我々の研究チームでは、筆記や実技テストを使って能力評価をしていますが、その際に、項目反応理論(試験問題の項目への解答状況から、試験受験者の能力等を推論する理論)など、日本で厚い研究実績がある理論を基礎に、テストの作成や分析を行っています。あるいは、令和4年度EDU-Port調査研究事業に採択された株式会社公文教育研究会とは、南アフリカで産業人材の訓練プログラムを一緒に行う予定ですが、それも「公文式」という、学習者の学ぶペースに合わせた自学自習教材があるからこそできることです。
EDU-Port事業では、そうしたノウハウを持った民間企業やNPO、大学の案件がたくさん採択されています。「日本型教育の海外展開」と銘打たれたEDU-Port事業について、日本モデルの押し付け、途上国に対するネオコロニアリズムではないか、といった指摘をされる方もおられます。しかし、私は、「日本型」と言えるほど統一されたモデルや思想はEDU-Port事業にも、それ以外の場所にもさほど存在しないような気がします。文部科学省がそうした政策的意図を持っているというより、民間企業の多くが途上国に新しいビジネスの可能性を見出し、海外展開のきっかけとしてEDU-Portニッポン公募事業に応募しておられるのが実態だと思います。教育企業の海外展開は、日本の少子化による国内市場の縮小も影響しているでしょうし、教育という営み自体が、個人サービス化、ビジネス化しているのかもしれません。
私は研究者として、アフリカの産業人材の能力評価の方法を提案しようとしてきましたが、それを社会実装し、本当に役に立てるためには、途上国政府なり業界団体に「お金を払ってでも恒常的に取り入れたい」と思ってもらう必要があると感じています。これは民間企業の海外展開についても言えることで、採算度外視の一方的な支援では一過性のものに終わってしまいます。途上国の貧困層や若い労働者に対してサービスを提供するという開発協力においても、ビジネスが成り立つ形を見出す必要があります。そのためには、企業努力以外にも、現地の状況を知っていて、人とのつながりもある我々のような研究者や在外公館などに果たせる役割があるのかもしれません。
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■著者プロフィール
山田肖子(YAMADA, Shoko)
名古屋大学アジア共創教育研究機構・大学院国際開発研究科 教授。
Ph.D.(教育学、アフリカ研究)、名古屋大学Skills and Development for Youth (SKY) Projectの代表を務める。国際開発学会副会長、World Congress of Comparative Education Societies出版委員、International Journal of Educational Development編集委員などを兼任。
近著は「途上国の産業人材育成-SDGs時代の知識と技能」(2021年、日本評論社)等。