アメリカ合衆国、インディアナ州のIndiana Global Learning Center (ブルーミントン補習授業校) では同州ブルーミントン市及び近郊に在留している小中学生に対し、週1回日曜日に3限の授業を日本語で行っている。低学年は国語・生活・図工を、中高学年は国語・理科・総合的学習を学んでいる。
文部科学省が令和3年6月に取りまとめた「在外教育施設未来戦略2030」では、在外教育施設に「日本の教育・文化発信の拠点や世界に対するショーウィンドー」としての役割が期待されていることがうたわれた。これを受けてブルーミントン補習授業校ではEDU-Portニッポンの応援プロジェクトとしてペルー共和国のサンタマリア・カトリック大学と連携し、日本の特徴的な食品を主題とした食品科学モデルカリキュラムの構築と実践に取り組んでいる。
ペルー共和国は、例えば生の魚介に柑橘果汁やニンニクをあわせる有名なセビーチェなど日本の食に通じる食文化を有している。またうまみを豊富に含むジャガイモやトマトなどはアンデス山脈地方を中心とした地方原産の植物であると考えられており、現地では様々な種類のジャガイモやトマトを目にすることができる。こうして同国では日本と同じくうまみの価値を意識した伝統的な食文化が発達しており、人々の日本の食に対する興味は高い。そしてなにより日本に親しみを持つ人たちがとても多いというのも、同国の高等教育機関をパートナーに選んだ理由の一つであった。
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セビーチェとサンタマリア・カトリック大学
ブリセーニョ学長 -
寿司とブリセーニョ学長
これまでに独立行政法人・酒類総合研究所(東広島市)との連携により「清酒学・ベーシック」、「清酒学・アドバンス」を、また一保堂茶舗(京都市)との連携により「日本茶学」の3科目のカリキュラムの作成を終えた。これらの科目はサンタマリア・カトリック大学のバイオテクノロジーならびに薬学専攻の学生の選択科目として開講している。令和4年には「清酒学・ベーシック」、「日本茶学」を、また令和5年には「清酒学・アドバンス」を開講し、今後も新たな科目を継続して開講する予定である。なお令和4年から5年にかけては新型コロナウイルス感染症の影響を受けていずれの科目も米国からのオンラインでの開講となった。
このうち全18時間の講義科目「清酒学・アドバンス」には50名の学生が登録しており、中間および最終テストの成績に応じて単位認定を行った。全講義を終了した後、講義で紹介した日本酒に関する情報を確認する目的で、リマ市にある日本食材販売店(本社、米国 ロサンゼルス市)の協力を得て、ペルー国内で入手可能な清酒を準備してテイスティングを実施した。日本茶学についても同様に、全講義終了後に抹茶、玉露、煎茶、番茶、ほうじ茶など様々なスタイルの日本茶のテイスティングを実施した。さらに学生たちが独自に取り組んだ調査研究の成果発表会も開催した。
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清酒のテイスティング
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日本茶のテイスティング
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学生による成果発表会
現在、ペルー味の素などの企業や米国の大学からの協力も得ながら、新規講義科目として「味と香り」および「伝統的食品学」の2科目のカリキュラムを作成中である。これら新規科目は令和6年にサンタマリア・カトリック大学で開講予定であり、副読本として用いる予定の、「マギー キッチンサイエンス」で知られる米国の作家ハロルド・マギー著「Nose Dive: A Field Guide to the World’s Smells」の邦訳も令和6年出版予定である。さらに令和6年から御菓子司 塩芳軒(京都市)、鈴廣かまぼこ(小田原市)などの日本企業ならびに米国で事業展開する日系の食品企業からの協力も得ながら、新規科目「和菓子学」、「水産加工食品学」、「発酵食品学」のカリキュラムを作成する体制が整った。
サンタマリア・カトリック大学では合計36単位からなる日本の食品科学のモデルカリキュラム構築と授業の開講も予定しており、これに参加を希望する教育研究機関とのコンソーシアム化にも取り組んでいる。同大学で開講した授業に対する教員および学生からのフィードバックを加味して既存科目の改良を行い、令和6年にはEU域内の大学での同カリキュラムの開講が決定した。また、本課題を接点として、両大学間での学術協定書の締結に向けた協議を開始した。
また新規実習科目「清酒学実習」、「日本茶実習」の開発を通じて、地域の消費者や流通に関わる人たちを対象にした生涯教育を目的としたアウトリーチ(出前講義)プログラムの構築にも取り組んでおり、令和6年からまず米国内の主要都市で実施予定である。本取組の中で、酒類総合研究所にて開発された清酒の官能評価方法に基づきペルー、アメリカ及びEUにおける人々の香りおよび味に対する感知の特性のデータを集積し、新規科目「清酒学実習(仮称)」のカリキュラム作成につなげる予定である。
ペルーをはじめとするアンデス地域では、ジャガイモ、トマト、トウモロコシ、キヌアなど現在も世界中で広く使われる食材が早くから用いられてきた。これらの中にはこれまでに食糧不足の危機を救ってきた歴史をもつ食材も多い。さらにこれら以外にも、まだ世界に紹介されていない食材も数多い。
日本ではユーラシア大陸から移入された外来の食材や食文化に自国の文化、技術を調和させることで独自の洗練された食文化を生み出してきた。そうした日本の食品科学と、ペルーの優れた素材との融合を試みる。世界規模での取組が必要とされる食糧資源の確保と、より高い食文化の育成に向けて、米、野菜、食肉、魚介類の品種改良や栽培飼育技術などで強みをもつ日本の研究力を、さらに幅広い分野に適用できるように、人材交流を含めた教育の面から支援する。
世界有数の食の国、ペルー共和国を発信拠点として、高等教育および生涯教育の視点から日本の食を科学的に広く世界に向けて紹介する予定である。