■事業概要
株式会社新興出版社啓林館は、EDU-Portニッポン応援プロジェクトにおいて、フィリピンでの算数・数学教育を支援する事業に取り組んでいます。
フィリピンの数学的リテラシーは2018年のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)において、78か国・地域の中で77位と、数学力の低さが大きな課題となっています。さらなるフィリピンの発展、産業の高度化、産業人材の育成のためには、数学力を高めることが非常に重要な要素と言えます。
当社は75年にわたって、日本で多くの先生方と培ってきた算数・数学教育に基づく教科書・指導書・教材のコンテンツを有しています。これらの優良な学習コンテンツを、動画やICT教材として現地化して提供することを考えています。
■フィリピンの数学教育の課題
フィリピンで使われる教材は公立学校では無償で貸与されている教科書だけです。それらは1色刷りで紙の品質もあまりよくありません。これに対して私立学校は多色刷りのものもあり、民間発行の教科書が使われています。いずれの教科書も正三角形が二等辺三角形になっているなど、日本の教科書には見られないミスもあります。印刷技術面ではしばしば版ずれが見られます。
内容についての課題としては、算数・数学の考え方についての記述が少なく、暗記した公式を使っての計算、図形の名称を何と呼ぶか問うものなど、記憶していれば解ける問題が多く掲載されていることが挙げられます。日常生活との関連は頻繁に扱われていますが、与えられる数値は計算しにくい場合もあり、計算に時間がとられることから、授業の進度が遅くなってしまうことがあるのではないかと思われます。対して、日本の場合は算数・数学の考え方に重点が置かれ、数値も計算しやすいものが与えられており、概念を形成するための学習に比重が置かれています。
また、フィリピンの高校卒業時に実施される学力診断テストNational Achievement Testの数学の問題は、選択肢(4択)から解答を選ぶ方式で行われます。このことは数学の問題と解く際に、結論を急ぎ、安易に解答を選んでしまうことにつながり、結果として、数学的思考力を身に付けるための障害になっているのではないかと私たちには思われました。
■カガヤンデオロ市教育局との協力関係
当社は、フィリピン・ミンダナオ島のカガヤンデオロ市教育局と共同でパイロット事業に取り組んできました。ミンダナオ島の開発はフィリピンでも課題となっていますが、その中核都市がカガヤンデオロ市です。周辺地域に対し強い影響力を持つ同市は、教育に高い関心を持っています。2015年の初訪問から、当社は、カウンターパートとして同市と継続的に強い協力関係を築いてきました。
■紙とデジタルの複合教材「スマートレクチャー」の現地化
当社は、教科書や教材の紙面を、音声と手書きの描画で解説する「スマートレクチャー」という動画教材を有しています。コロナ禍では、多くの日本の学校や教育委員会にご活用いただきました。
フィリピンでは、先生方が日本式の説明や指導法を理解しやすいように、紙面を解説する動画スマートレクチャーの活用を提案しました。
フィリピンの公用語はタガログ語と英語で、数学や理科は英語で指導することが定められています。しかし、すべての生徒が英語を得意とするわけではありません。言語の障壁がより理解を難しくしている面もあるため、現地語(ビサヤ語)でのコンテンツも併せて提供しました。
■パイロット事業
カガヤンデオロ市の公立1校、私立1校でgrade10(日本の高校1年生)を対象として、スマートレクチャーで学習するグループAと現地の教材で学習するグループBで放課後20分の補習を行い、学習効果を検証しました。
Grade10ベースラインテストの問題の正答率 | ビサヤ語と英語の動画解説 |
結果はスマートレクチャーを使ったグループに学習効果が確認されました。また、答案ではプロセスが記述されるようになったことも注目されます。1か月後に定着度確認テストを行い、学習内容が定着されていることも確認できました。
スマートレクチャーの学習効果が確認された | 解答のプロセスが記述されるようになった |
■成果共有カンファレンス
成果を共有するカンファレンスを、カガヤンデオロ市長、教育局長ご来席のもと開催し、100名以上の学校関係者の参加を得ました。市長からは、フィリピンの教育のため、カガヤンデオロの発展のためには教育は重要であるとして、日本の算数・数学教育とプロジェクトへの期待が表明されました。それを受けて,教育長からは、このプロジェクトについての成果を高く評価し,日本の教育を、パイロット校から更に広げていくことへ協力していきたいとのスピーチがありました。パイロット校の先生からも、教育現場での活用事例やその効果についての報告・学習した生徒が感想を話すビデオの紹介などがありました。
■今後の計画
これまで実証事業として取り組んできましたが、今後はEDU-Portニッポン応援プロジェクト採択と日本式数学の優位性をアピールしながら、現地のパートナー企業とビジネス展開を検討しています。また、コロナ禍でフィリピン政府がEdTechに予算を重点化したこと、学校でもスマホを活用した学習が定着していることなどから、アプリ化した製品での普及活動も計画しています。
さらにこれらのエビデンスや経験を日本の教育にも活かし、フィリピンとの交流を深め、さまざまな事業を展開していきたいと考えています。